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■キュレーター
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〒031-0022
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mail:icanof@hi-net.ne.jp
【 ICANOF アーカイヴ 】
- ICANOF Archive Materials -



「もう一つ私の冒険譚をしよう、これはわが身に起きた事件のなかでおそらく最も宿命的なものである」

花田喜隆 (ICANOFディレクター)


 いきなり孫引きで恐縮なのだが、まずは引用から。
 W・H・オーデンは『第二の世界』という講演集のなかでアイスランド伝説について論じているが、アウエルバッハから引いた次のような例をあげている。
   <1> 彼は眼をひらいた、そして衝撃を受けた。
   <2> 彼は眼をひらいたとき、衝撃を受けた。
 オーデンによれば、アイスランド伝説の文体では <1> のような「併列」が大半を占めている。両者の違いは明らかであって、<2> では「眼をひらく」ことと「衝撃を受ける」ことに、因果関係ないし時間的関係が前提されている。つまり、そこには統語法によって構成された経験があるが、<1> ではまだ意味づけられていない生きた経験が記述されているのである。
(柄谷行人「夢の世界」)

 ゴダールの『映画史』を見る機会があった。4部構成、全8章、計4時間半に及ぶこの「すべての映画についての映画」は、簡単に言えば、映画・写真・絵画を含む膨大な映像アーカイヴをゴダール自身がデジタル編集した作品である(とはいえ特に変わった処理が施されているわけではない。スローモーションや早回し、ストップモーション、オーバーラップ、カットバック、そして性急なモンタージュ)。ところで編集とは素材をわかりやすく効果的に並べることだから、その意味ではゴダールの作業はおよそ編集ではない。なにしろ夥しい引用の意味にしろ、出典にしろ、全くわけが分からない。ただ、その説明不在の宙吊りのなかで、ふとエイゼンシュテインなり『山猫』なり(もちろんクリムトでも『平均律』でも小津でもいいが)既知のなにかを見つけたとき、もっと正確にはその固有名を思い出し得たとき、我々は一挙に安心し満足してしまう。あるいはオーデンの <1> で言えば「固有名を思い出す、安心する、そして満足する」のだ。
 周知の通り固有名は「意味」において存在するわけではないから、翻訳も説明も不可能であり、何らかの経験の後にこそ各々が思い出し得るものではある。だが、既知の名が、そうやすやすと安心や満足をもたらしてしまってよいものか。他者との出会いや不意打ちをことあるごとに賞揚したりもするくせに、我々は当の瞬間においては思いのほか守旧的なのではなかろうか。むしろ誇るべきは、邂逅した未知の名の多さではないか。


ミロスワフ・バウカ映像インスタレーション  「BB」
(2002-03年ICANOF「食間展」/八戸市美術館1Fロビー)

 そろそろ素直に認めなければならないだろうが、私は最前からイカノフ食間展のことを話しているのだ。1月12日〜2月23日の43日間にわたって美術館を中心に開催されたこのメディアアートショウに関しては、実に多くの固有名をあげることが出来る。ミロスワフ・バウカ、パク・ファヨン、福山知佐子、半田晴子、加須屋明子、飯沢耕太郎、小沼純一、川端隆之、梅内美華子、田中知佐好、モレキュラー・シアター、イタドリ、SOI、トラビト、43ギャラリー...。かなり性急なモンタージュ。そもそも「食間展」や「イカノフ」からして、説明不能な固有名である。
 ところで、今これらの名を列挙(併列)したのは、既知の名を見つけだして安心してみたいからでは勿論ないし、こうした名辞の間に(オーデンの <2> の如く)何らかの関係を措定しようというのでもない。第一、その労をとらずとも、名辞たちは自ら作用しあい、幾多の邂逅をこの八戸の地において果たしている。例えば、川端隆之は「皿」を介してミロスワフ・バウカと。福山知佐子は「切断」を介してパク・ファヨンと。パクは「upstream」を介してSOIと。バウカはまた「サイト・スペシフィック」を介してイタドリの「シート・スペシフィック」と...。
 私は誘惑しているのだ。ここに我々の名を連ねてみよう。予期しえぬ出会いを招き寄せ、その幸せを共に喜ぶことをアートと呼ぶなら、「芸術」を冠して参照される固有名への知悉を誇る身振りではなく、これら併列された名辞たちの傍らにこそアートはあるのだ。
 飯沢、バウカ、そして衝撃を受けた。
 イカノフ、食間展、そして衝撃を受けた。

(W.ゴンブロヴィッチ『ポルノグラフィア』からの引用あり)


(「Amuse」2003年4月号)



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