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風景から傷跡へ

石内都(ISHIUCHI Miyako, Photographer)


 近ごろは初期の写真をみる機会が増えている。プリントを頼まれることも多い。それはきっと今でも写真を撮り続けている証拠なのだろう。特にデビュー作は一生つきまとい、身体の一部となり、のがれられない作品として存在する。長い時間が経過してスタイルや技術も変化し、加齢が進んでからみるそれらの写真は、意外と事こまかにあれこれ覚えている事が多く、その当時は気づかなかった新たな発見があったりするので、新鮮な気持ちで写真をみることが出来る。
 モノ持ちがいいのか貧乏性なのか、展示した写真はそのほとんど総てを捨てないで持っている。それは保管とは違い、ただ押入れの中に置きっぱなしにしていただけなので、写真になったその日から、写真家になった私と同じ量の時間が過ぎた結果として、貴重なヴィンティージプリントとして見事に甦えったのである。その事実は写真の逆説的な内容と相まってなんとも奇妙な経験といえるかもしれない。
 1977年のデビュー作“絶唱・横須賀ストーリー”が横浜美術館にコレクションされ、2003年12月17日からちょうどこの「風景にメス展」の最終日2004年3月28日まで展示されることになった。初めての個展は世に出る、世に問う、といった力の入り方とは違って、正直なところ、この個展でひとつの区切りをつけたいと考えていた。もともと写真家志望ではないので写真に対する知識もヴィジョンもなく、ただ友人に誘われての出発だっただけに、暗室で迎えた30歳はその節目にちょうどふさわしいのではないかと考えていた。
 撮影ははじめから苦手だったが暗室作業は気に入り、いつもドキドキしながらプリントしていたのを思い出す。暗室の中で1ケ月の時間がついやされ、10メートルのロール印画紙と450枚の全紙印画紙が消費され、露光との格闘の末に生まれた写真には、それまで引きずっていたはっきりしない不安や自己嫌悪といった思春期の通過儀礼のようなさまざまな風景が、印画紙の粒子のひと粒ひと粒に黒々と焼き付けたのだった。それは遠い遠いはるか彼方の記憶の国へ旅立って、やっとの思いで戻ってきた時の、疲労と共に大切なスーヴェニールをこっそり胸にしまって帰ってきた、ここち良い充実感でもあった。
 それから26年たった今、節目はどのようについたのかはっきりしないけれど、新たにその時の同じ写真が展示される。空気にさらされ時間をたっぷり吸い込んだ印画紙は、個人的な感情や事情などとうの昔に色あせて、正確な歳月をその表面に受けとめ、ただそこにあるのみだ。過去はとり返しがつかない。傷跡は治らない。カタチあるものは消える。1977年の印画紙の重さはごく普通の事柄を語りかけてくる。
 「風景にメス展」には「SCARS」(傷跡)のシリーズからの展示である。写っているモノは初期の写真とはだいぶ様子が違う。街の風景や建物から手と足、身体の部位、皮膚、そして傷跡と撮り進んできた。肉眼でみる皮膚にのこる傷跡はハードな形状が生々しく映るけれど、光と影のまん中で、写し撮られたディテールの陰影が印画紙に現像、定着、水洗されると、それはもはや痛々しい手術の跡や、交通事故、火傷、自殺未遂の痕跡から解放され、身体の器に刻まれた記憶の源に変質する。
 写真がそうであるようにネガティヴからポジティヴへ、記録から物語へ、物語から現在へ、風景から身体へと移り変わる瞬間に写真の本性がみえかくれ、その快楽に近い感覚が傷跡の中から染み出して、魅力的に変貌した表層から私の写真は生まれる。“風景にメス”とは、表層のひと皮むこうに隠れている何物かを知覚することなのだろう。写真はまことに残念ながら目に見える表面しか撮ることができない。けれど写真の中身を感じることはできる。改めて初個展の写真と現在進行中の写真をみていると、そこに通底しているモノらしきモノ、初期の3部作と傷跡との関係の在り方とでもいえるイメージが浮かんできた。それを“負”の位置の認識とでもいっておこう。
 “SCARS”は10年以上も撮り続けている。今までこんなに長い間同じテーマを撮ったことはなかった。いつでもこの辺で終わり、と1年ぐらいで感じるのだけれど、“SCARS”はまだない。それは次々に現われる傷跡を持つ人達の質が変わり、私の受け止め方も違ってきているからで、これからも撮影は続く。そしてこのテーマの終わりがあるとするならば、最後の傷跡の提供者は私自身であることは決まっている。


("ICANOF Media Art Show 2004"より転載)



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