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道連れ──ロバート・フランク、《バス・フォトグラフス》と《1時間》
Accompanied on a Journey: Bus Photographs and One Hour of Robert Frank

倉石信乃 Kuraishi Shino


 3
 1950年代末以降のロバート・フランクは、映画を主戦場として制作活動を展開する(7)。アレン・ギンズバーグ、ピーター・オロフスキー、グレゴリー・コーソらが登場し、脚本とナレーションをジャック・ケルアックが担当したフランクの第一作である「プル・マイ・デイジー」( 1959年、アルフレッド・レスリーとの共同監督)は、「ビート世代」のマニフェスト的な記録性を刻印する一方、ジョン・カサヴェテスの「アメリカの影」と並んで、非ハリウッド的な自主映画の先駆例となった。また1968年にヴェネツィア映画祭で上映された長編「私と兄」は、虚構と現実のシーンを交替させるという、フランクのその後も一貫する関心を極めて実験的に表明した作品である。「私と兄」においてフランクは、ピーター・オロフスキーの弟で、現実に精神分裂病患者だったジュリアスを主人公に、スクリーン分割や非合理的なモンタージュ、カラーとモノクロの混在などの映像的な手法を導入するほか、音声とイメージの同調を回避してその「ずれ」を強調するなど、映画の統辞法を徹底して解体しようとした。また若きクリストファー・ウォーケンが「映画監督」役で登場するこの映画は、映画制作の自己言及を描くうちに、患者/医師、役者/監督、病人/健常者といった、「映画と人生」における複数の「権力」の二層構造が暴露され、批判されるのである。以降のフランクの映画作品にも、「著名な作家」として生きること、自伝的叙述とオーサーシップへの懐疑と内省は、重要な主題として頻出することになる。
 一方、1970年代初頭以降にフランクは、身の回りの風景を観照する営みのなかに過去の記憶を込めて物語る、極めて私的に見える写真制作を再開した。複数のシークエンスを連ねて提示することと、詩的な短い箴言や独語を写真イメージの中に書き入れるそのスタイルは、「写真=詩」と呼ばれてしかるべきものとなった。可触的な至近の対象物への没入であれ、自宅の窓の外の風景への言及であれ、フランクの作り上げてきた「イメージと言葉」は、家族・友人から、見知らぬ匿名の誰かに至るまでの様々な「他者」の現前と不在をめぐる困難なコミニュケーションへ向けて差し出されている。そして時には、フランクが絶えず帰っていく「ニューヨーク」、家郷とするには余りにもハードでタフなその都市に生きる人びともまた、積極的な主題として現れるだろう。
 1990年、フランスのテレビ局の委嘱によるビデオ作品「これが真実だ!」(英文タイトルは「1時間」)は、ニューヨークのダウンタウンで擦れ違う「他者」の様態を、ドキュメンタリーとフィクションの中間的な領域において探究した作品である。1時間・無編集という、いわば「超ロングショット」のみによって構成されるこの作品は、フランクのスタジオで彼とアシスタントが機材を準備して、ストリートに出かけようとするシーンから始まる。バンに乗り込んで事前に予定された各撮影地点に赴く間にも、テープは回り続けるし、スタッフサイドの「台詞」もまた、オン・ステージとオフ・ステージを絶えず行き来しているため、現実と虚構の境界は最初から最後までつねに曖昧になる。カメラをもつフランクは、予定された「台詞」をしゃべる「演者」よりもしばしば、偶然居合わせただろう「現実の人々」に関心を逸らしている。音声と映像は意味を保持したまま、二つの間のずれを提示しつづる。現実の方から虚構の方へと、絶え間ない浸食の波が押し寄せて止まない。
 現実のストリートでは計算が成り立たないことを、可能な限り計算に入れたこのフィクションにおいて、「演者」たちが語るのは概ね、私的な欲望の告白とその挫折を強いる現実である。誰もが嫌々ながら縋っている、都市で生き延びるための避けがたい処世術は、ピーター・オロフスキーがほとんど「地のままで演ずる」奇矯な言動、その狂気と諧謔の詩的パフォーマンスによって、著しくデフォルメされる。
 この映画で、フランクは街なかを移動するバンを宇宙船になぞらえ、撮影中まるで宇宙飛行士になったような気がしたと述べている。「宇宙を遊泳するスナッパー」という比喩について、時代を遡行して考えてみれば、古いフォードを駆って全米を旅した彼の『アメリカ人』における写真行為もまた、すでに見えない命綱で母船=自動車に繋がれてなされる、宇宙飛行士の船外ミッションに似ている。いま一つの「乗物」である「地下鉄」を描いたラストのシークエンスでは撮影対象となるオロフスキーが半ばふざけながら半ば正気で、ホームからダイヴィングしようと身振りを反復する。撮影者にして演出家であるフランクは「本気で」制止する。さらに、地下鉄車内で喚き騒ぐオロフスキーを叱りつけるのは、「本物の」乗客かもしれない。ダウンタウンを走るバンから離れて、オロフスキーが地下へと潜るラストのシークエンスには、事故と自死の予兆とその回避が、切迫感を伴って綴られている。
 1958年の写真連作、「バス・フォトグラフス」には「船外ミッション」がなかったが、母船=バスとの同化において、「移動」そのものが問い正された。1990年のビデオ作品「1時間」では、束の間の「他者」の移動と停留が久しぶりに主題に浮上した。この時フランクは、リアリティを獲得するために、「虚構」の回路を経なければならないことを知っていた。しかも、整然たる約束事を、「出来事」と「偶然」の側から絶えず浸食し解体することがなければ、都市とそこに生きる人々を捉えることは出来ない。たかだか、1時間の出来事だ。しかしそれは人生の1時間であり、街を徘徊すれば、相当数の個別的な生の断片に出くわすだろう。ロバート・フランクの「1時間」のミッションは、単に偶然の統御の産物でもなく、虚構の枠組みに沿った現実の再配置でもない、虚構と現実の相克に基づく、スポンテニアスな「カオコスモス」への旅であった。

 おわりに
 ロバート・フランクのニューヨークのアパートメントの中庭に、一本の細い木が植わっている。しばしば彼の写真や映画に登場してきたこの木は、老いや衰弱、死に対する認識を暗示するものと見ることが出来るかもしれない。フランクの近傍にある事物は、アルター・エゴとして了解されるだろう。
 最近のフランクの写真作品に、割れた窓ガラス越しに見えるこの木と、「PALESTINE」という文字のみが明瞭に読みとれるぼろぼろになった古い中東の地図とを組み合わせた二枚続きのイメージがある(8)。図面の下部余白に彼は、「They will travel with you」と書き付けている。スイス生まれのユダヤ人であるロバート・フランクは、「ユダヤ性」を明示する制作を意図的に行なってきたわけではない。しかし自らの出自に忠実であろうとすることは、彼の一貫した姿勢でもある。古地図をめぐって書かれた「They」とは誰のことか。「パレスチナ人」を限定的に指すわけではないだろう。しかし、それを安易に「一般化」して了解すべきではないだろう。たぶんフランクは、あくまでも地図が指し示す地域でかつて/いま/これからも生き/死ななければならない人間を「個別的に」そう呼んでいる。また旅するパートナーとしての「You」を、ユダヤ人を限定して指す、あるいは人間一般を漠然と指すというのではいずれも舌足らずとなろう。おそらくは、地図に対応する地域をどのような仕方、どのような程度であれ「知る」人間を、具体的・個別的にそう呼ぶのである。住居の周囲の事物=Dead Treeに重ねた私的な「歴史的現在」と、距離的な遠隔地の物語る公的な「歴史的現在」とが、文字通り突き合わされ繋がれる。個人が個人に対して持つ責務の形式が、未来における「旅の分有」という「希望」の中に確言される。かすかだが決然とした希望だ。思えばロバート・フランクの作品には、他者との「旅の分有」という認識がかつてもいまも、繰り返し表明されているのである。


(註)

1.『ロバート・フランク──ムーヴィング・アウト』展図録(日本版)、ワシントン・ナショナル・ギャラリー、1995年、204頁

2. 作品は、Robert Frank, (no projector could do justice...), 1996。 Robert Frank: Hold Still ──Keep Going(exh. cat.)(Essen: Museum Folkwang, 2000), 14-15. 参照。

3. ロバート・フランク『ロバート・フランク写真集 私の手の詩』(谷川俊太郎訳)、邑元舎、1972年、日本語訳別冊24頁

4. 1940-50年代のスポンテニアスな芸術の横断的な展開については、以下の文献が詳しい。Daniel Belgrad, The Culture of Spontaneity: ]Imprvisation and the Arts in Postwar America(Chicago and London, The University of Chicago Press), 1998.

5. ロバート・フランクにとってポビュラー音楽は、文学と並んで重要な霊感源であるが、ミュージシャンのポートレイトを比較的多く手がけている。1990年代後半以降にもパティ・スミスのミュージック・クリップを監督した他、以下の写真雑誌において、マックス・ローチのエレガントな風貌を伝えるポートレイトを発表している。このモダン・ジャズの巨匠ドラマーとフランクは同い年である。Du(Dezember 1996), 18-19, 23, 24-25.

6. 『ロバート・フランク──ムーヴィング・アウト』展図録(日本版)、204頁

7. フランクの映画については、特に以下の文献を参照した。ポール・ロス「ロバート・フランク──映画とビデオ」(作品解説)、横浜美術館学芸部編・訳、ワシントン・ナショナル・ギャラリー/横浜美術館、1995年

8. 作品は、Robert Frank, They will travel with you, Mabou 1998. Robert Frank: Hold Still --Keep Going(exh. cat.)(Essen: Museum Folkwang, 2000), 14-15. 参照。


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(図録"ICANOF Media Art Show 2001"より転載)



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