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【 ICANOF アーカイヴ 】
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写真とシャーマニズム/イタコと伝神絵(でんしんえ)
Itako(Shaman inHachinohe) and Epiphany Drawing(based on tiny photographs in Hanoi)


港千尋 MINATO, Chihiro(Photographer/Associate professor at Tama Art University)

聞き手 豊島重之(ICANOFキュレーター)

(2)数珠とケータイ/指先と第三の眼/3万4千9百年もの通信メディア
豊島  報道メディアと写真は切っても切れない関係にあるわけですが、一方、霊的な交信の媒体ということで、イタコさんもまたメディアである、という点については?
 そう言い切ってしまえないところもあります。やっぱりイタコさんは人間であると。ただ、そのメディアの本質を体現してる人間であると言ってもいいかなあとは思うんですが。
 さっきの韓国のシャーマンの話をもう少し続けると、私が会ったシャーマンは身長2メートル近い男性でした。それが韓国のチマチョゴリを着て出てくるわけです。あれっと思ってると、白くお化粧して口紅をしてる。顔はジャイアント馬場そのものなんです(笑)。ジャイアント馬場が白塗をして口紅を塗ってると思い浮かべてみてください(笑)。それだけでかなりの迫力があるわけですね。それで、自己紹介をして通訳してもらって、喋りはじめた声がかん高いんですね。なんかどうも様子がおかしいなと思ったら、このシャーマンの方は体格がよくてレスラーみたいなんですが、8年前のある日、突然女性の霊が降りてしまったというんです。霊っていうのは、突如として降りてくるものらしくて、いくら俺は男だ、と言っても肯(き)かないっていうんですね。
 体の中に女性が住んでるジャイアント馬場のような彼が、五色の旗を差し出して、一本引けっていうんです。引いてみると、黄色だったかな、それで、だんだんに僕のことを話していくんだけど。本当に驚いたんですが、もちろん初対面にも関わらず僕の素性というか、その時の状態っていうのを8割くらい言い当てましたね(笑)。当てるというよりは、診断すると言ったほうがいいかな。ちょっと調子が悪い時にお医者さんに行くと、顔色みて、このへん触って、あー風邪ですね、あれと全く同じようにして言うわけです。ある意味、不気味なヤツなんですけど、能力はあるなと思いました。帰り際に名刺をくれたんですね。住所と電話番号が書いてあるんだけど、その電話番号が携帯の番号なんです。あれー、シャーマンなのに携帯使うのかあと。(笑)
 そのあと、山のほうに行きまして、二人めのシャーマンに会いました。年に2?3回は在日の方に呼ばれて日本にも来るぐらい有名な方です。行ったら、いきなり太鼓を、右手で太鼓を叩いて、左手で鉦を鳴らすんですね。ものすごい音です。このぐらいの部屋で、もう鼓膜が破れるくらいの、朗々とした歌を歌うわけです。完全にトランスに入ったなと、その途端に何か電子音がするんですよ。あれっと思ったら携帯が鳴ってるんですね。もちろん僕は持ってないし、一緒のガイドだな、大事な場面で電源切ってよ、と思ったら、彼女じゃないんです。ずっと鳴り続けてるし、おかしいなと思いながら見てたら、そのシャーマンがお尻のポケットから携帯を取り出して、こう、やりながら話しはじめたんです。おいおい、憑依してるんじゃないの?(笑) それで、なんか、二言三言喋って、バチッと切って、またポケットにいれて、また何事もなかったようにやって、それで突然ぱっとやめて、「あー、疲れた」。次は何するのかと思ったら、テーブルの下から何かガッと引き出して、フタ開けてるんですよ。ドリンク剤をカーッと立て続けに2本飲んで、また何事もなかったようにやって、そのうちまたコーヒーをもって来させてタバコに火をつけてる。憑依している状態とそうでない状態とが切れ目がないんですよ。彼も帰り際に名刺をくれたんですけど、やっぱり携帯の番号が書いてある。で、我慢できずに、どうして携帯なんですかと尋いたわけです。つまり、シャーマンだったら、電話なんか使わずに交信できるんじゃないかって、ちょっと皮肉をこめたつもりだったんだけど、彼はもうサラリとして、「シャーマンだって今ここにいない人と交信する時には電話は必要なんだ、それだけだ。お前も何か用があったら、ここへ電話したらいいよ。」と。そういう意味では、シャーマンは、イタコはメディアであるとは言い切れないところがあるんですね。
 むしろ、ここにいない人、行方不明か、もう既に亡くなっているかもしれない人とのコミュニケーションをとる時に、二つのやり方があるということだと思うんです。
 一つは我々が日常的に使っている電話、テレビ、ラジオ、諸々のいわゆる通信メディアですね。最近ではITなんて言ってますけど、おそらく人類の半分以上は、今ここにいない誰かとそれを使って通信していくんだと思います。それは、今後もっと増えていくかもしれない。ところが、その通信メディアが現われたのが、たかだか100年前なんですね。ベルの電信の発明以降です。電信、電話、テレビ、今はインターネット、携帯電話。皆さん、何の疑問もなく使っていますが、せいぜいここ100年くらいのことですね。
 人間ていうのは、少なくとも3万5千年ぐらい前から人間なんですね。で、それ以前はネアンデルタール人とか言いますけど、我々現代の人類とは少し違ってたと。ホモサピエンスが生まれたのが3万5千年ぐらい前。そうすると、3万4千9百年間、どうやって通信していたか。つまり圧倒的に長い時間のあいだ、人間が今ここにいない誰かと通信していなかったのかというと、そんなこと全くあり得ないわけです。彼らは彼らなりの、我々の電話とは全く別の通信手段を使っていたと。それがシャーマニズムであったり、イタコであったと、こう言ってもいいと思うんです。
 ですから、歴史的には後者の、つまりシャーマンやイタコの通信技術のほうがはるかに長くて、はるかに重要なものであったと思いますが、それがここ100年のうちに逆転してしまったんでしょうね。その逆転の仕方があまりに激しくて、特殊なお師匠さんにつかなくても特殊な霊感がなくても誰でもが電話を使えるので、そのことを忘れてしまったのかなあと、そんなふうに思います。
豊島  実は、イタコの中村タケさんが「おしら祭文(さいもん)」を唱ってくれたんですよね。おしら様って蚕の神様だから、てっきり、タケさんの黒い数珠玉の材質も桑の木じゃないかと。まぁ、桑かどうかは分からないとのことでしたが、その数珠玉を指ではじきながら、ふと指を止め、そこが「お告らせ」かどうか、じっと確かめてる風なんです。で、また指を動かしていって、ある数珠玉のところで止まる。そこに「お告らせ」が来ているかどうか心を澄ましている。数珠の一番最後に、鹿の角とか熊の牙とか犬の骨とかジャラジャラ付いていて、それがさっき港さんの言われた補助霊ですよね。虫の告らせって、よく言うけど、どうやら水の匂いとか嗅ぎとってるみたいなんですよ。おしら様って、つまりこの「お告らせ」様のことじゃないかって思ったんです。まあ、21世紀はデジタルの時代、即ち「指の時代」と言われていて、たとえばコギャルが親指とケータイで情報をキャッチしていく。イタコさんは数珠玉と指先でキャッチしていく。それについてどうお考えですか。
 もともと人間の指っていうのは、脳が外に出たものだと言いますよね。感覚器官として一番敏感なのは舌の先と、指の先でしょう。指は一種の目、第三の目です。全盲の方々は、触っているんじゃなく、指で見ている、と言うべきでしょう。マージャンの好きな方も指で見る。モーパイ(盲牌)って言うじゃないですか。
 宗教というのは、多かれ少なかれ、触覚的な部分を残していると思います。
 いろんな宗派に分かれて、イコンとか曼陀羅とか作り出していく宗教もあれば、イスラムのように偶像を全く認めない宗教もある。人間の目に見える世界を、この俗世間をあまり信用するなっていうのが、宗教の一般的な考え方ですよね。そこで目をつぶる。瞑想するわけです。目をカーッと開けたまま瞑想している人は、これは不気味なわけで。(笑) 目をつぶることによって別な感覚を研ぎすます、それが瞑想だと思うんですが、どこが目の代わりに鋭利になってくるかというと、やっぱり指先。そうすると数珠というのが重要な記憶術として出てくるわけでしょう。我々にはとても覚えきれないような、難しい祈祷の才能、いろんな長くて難しい文句を記憶するために、やはり指を使う、指先の鋭くなった感覚が助けてくれる。
 それと、携帯でメールを打っているコギャルと比べることはできませんね。単に機械的にコードを押さえてるというだけで、その指先の感覚が鋭敏になっているわけでも、イタコさんのように受容の意識が深くなっているわけでもない。あれに似てるのは昔のパチンコかな、電動になる前の、親指ではじいてた時の。でも、あの親指のほうがまだ感覚的というか、ちょっとした弾(はじ)き加減で、一番天辺(てっぺん)の穴に入れたりできるわけだから。それを考えると携帯の指の動きというのは、一番退化した、サルに近いというか、そういうとサルに申しわけないというか。
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(図録 "ICANOF Media Art Show 2001" より転載)



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