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ICANOFの図録・写真集
・ICANOF Media Art Show 2004
・ICANOF Media Art Show 2002-03
・ICANOF Media Art Show 2001

icanof banner ■ICANOF代表
  米内安芸
■プロデューサー
  三浦文恵
■キュレーター
  豊島重之

www.hi-net.ne.jp/icanof/
mail:icanof@hi-net.ne.jp

■ICANOF事務局
青森県八戸市古常泉下14-18
〒031-0022
Tel 090-2998-0224(高沢)
Fax 0178-45-9247
mail:icanof@hi-net.ne.jp
【 ICANOF アーカイヴ 】
- ICANOF Archive Materials -



〔"ICANOF Media Art Show 2004" 編集後記〕
豊島重之(ICANOFキュレーター)


(1)
 朗報である。

 本書の編集・校正に難渋していたある日、雪催いの雲間からふと冬日が射してくるように私達ICANOFに届けられた、思いがけぬ朗報。
 朗報と言うには余りにも些やかな、「ロー」と言いかけたが早いか、「ホー」という白い吐息に一変してしまうが如き、午睡の夢さながら夜来の雨さながらの便りと言おうか。
 およそ、この図録を一瞥はしてみるものの、やり過ごしてしまう事の多い読者にとっては、殆ど何の興趣も湧かぬ朗報であろう事は至極、真っ当な反応だと、この私でさえ思うのに。

(2)
 今の処、私達ICANOFは、企画展の度にその開催にどうにか間に合わせて、本書のような図録を刊行している。
 一口に図録と言っても、ICANOFの場合、例えば公共の美術館が、ある作家の個展やあるテーマに基づくグループ展に際して刊行する図録とは、かなり様相を異にする。

 一つには、メディアアート・写真映像インスタレーションを中心に据えた企画展の性格上、招待作家たちが実際に八戸市美術館に足を運び、その場で制作するケースが多いからである。従って、事前に作品は存在せず、当然、図録にその作品図版を収録する事はできない。代わりに、その作家の「制作思考の現在地」をめぐるテクスト及び関連写真等を掲載する他ないのである。
 
 この事は図録上は弱点と思われがちだが、逆に、市民・県民や各地から馳せ参じるICANOFメンバーたちが招待作家と直接、交信できるという好機でもある。
 例えば美術館でのセットアップの合間、一服していたと思いきや取って返して作品の位置をほんの1センチずらす、アーティストの仕草に偶然立ち会う人もいるだろう。或いは、ホテルから夕食のお店へアテンドして街中を通るさ、アーティストがふと洩らした八戸の印象を耳にしてハッとする人もいるだろう。
 そこかしこに得がたい経験の数々が用意されているのである。

(3)
 もう一つには、市民アートサポートICANOFの活動報告書としての意味がある。
 もし、この図録がなければ、ICANOFとは何か、その目標とは何か、どんな射程が構想されているのか、誰も明言しかねるだろうし、この私でさえ「ホーという白い吐息である事だけは確かです」と答えるぐらいが関の山だろう。
 
 何故なら、メディアアートや写真映像インスタレーションがそういうものだからである。
 確かに「八戸芸術大学」や「ICANOF企画展」などの実績はある。しかし、それも終わってしまえば、そして数年も経てば、「軒先の蚊柱」同然なのだ。
 
 先日、横浜美術館コレクション展に赴いた。菅木志雄「体境連空」や石内都「絶唱・横須賀ストーリー」や金村修「Keihin Machine Soul」。そこには目を見張るような巨大な蚊柱が立っていた。
 ところで、館の入口は30分待ちの行列でごった返していた。コレクション展の行列ではない。ある巨匠の回顧展と入口が同じだったからだ。こういう「感動共同体」は、どこの街でもまだまだマジョリティを占めているらしい。
 
 10年、ICANOFをやって、一条の蚊柱の如き何らかの「羽化・創発=emergence」があればいいほうだ。10年かけても、ないのが当たり前だからだ。一条? 一巻き? 一竿(ひとさお)? 蚊柱の数え方を私は知らない。

(4)
 それまでは、トボトボ歩く。誰もがトボトボ歩くことだ。人の視野の及ばぬ底部を、「目の底」をトボトボ往く事。意味とか目的とか求めたら、トボトボ往く事はできない。まさに、それが図録を作る事の最強の意味なのだから。
 
 ICANOFに即効性はない。所謂「まちづくり・むらづくり」に直結するようなムーヴメントではない。
 アートは、本来「何の役にも立たない」ものだ。それは、常に現在に対して、オルタナティヴな「public domain」を提案する。いつもそれは、「それどころじゃない」という大きな声によって掻き消される「軒先の蚊柱」である。
 
 しかし、「済(な)し崩し」は、もたない。10年ももたない。バブルがハジけるのを見込んだ人々だけが、バブルに狂奔できたのだった。もう忘れてしまったのだろうか。まだ10年も経っていないのに。
 
 15年かけて10冊のICANOF図録が平積みされたとしよう。
 蚊柱が立つかどうか、自信はないが、試みる価値はある。価値という語彙はこのように使用される。

(5)
 私達ICANOFは、2001年9月に一冊目の図録を刊行した。
 三冊目に没頭していた私には、それが遠い昔の事のように思われた。めくってみる事もなければ、ただの紙屑の山に等しい。
 
 私達の知らない処で、それをめくっていた人がいて、たまたま目に留まった2点の写真作品が、2004年2月、新刊の長編小説・上下巻の表紙カヴァーに採用された。
 みすず書房刊のトマス・ベルンハルト著『消去』。(ベルンハルトの魅力については、いずれ触れる機会があろう。)
 写真はICANOFメンバー高沢利栄「Visage」である。
 
 このくにのどこかで、この地上のどこかで、私達ICANOFが「ホー」という吐息と共に、その上トボトボとした足どりで、これから刊行する図録を、誰かが読みさしているかも知れないという事。それが朗報でなくて何だろうか。

(2004年2月)



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