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牛腸茂雄の写真と佐藤真の映画をめぐるレッスン
A Lesson for the Photographs by GOCHO Shigeo and the Films by SATOH Makoto

八角聡仁 YASUMI, Akihito
(Critic/Associate professor at Kyoto University of Art and Design)



1.
 「牛腸茂雄という写真家がいた」──佐藤真監督の映画『Self and Others 』は、きわめて簡素なこの記述から始まる。そして終始、このドキュメンタリーはその命題の周囲を旋回し、それだけを追いつづけていると言っていい。彼がどんな写真家であったか、また、どんな人生を送ったか、等々は、あくまで二義的な問題でしかない。「牛腸茂雄という写真家がいた」ということ。それは一体何を意味するのか。それはいかにして表象することができるのか。

2.
 例えば、一般的には決してよく知られているとは言えない牛腸茂雄という写真家についての「情報」を、次のように要約するとき、何が語られ、何が隠蔽されるのか。
「牛腸茂雄は1946年に新潟県加茂市で生まれ、3歳のときに胸椎カリエスという重病を患い、生死の境をさまよう。かろうじて命はとりとめたものの、重い肉体的ハンディキャップを負って、その後の人生を送ることになる。幼い頃からヴィジュアルな分野に優れた才能を発揮し、桑沢デザイン研究所に入学。写真家・大辻清司の下で写真を学び、3冊の写真集と1冊の画集を残して、83年に36歳で死去。死後も友人たちの手で写真集の刊行や個展の開催が行われ、90年代に入って急速にその再評価の気運が高まった・・・。」
 障害と闘いながらの創作活動、家族や友人の援助や励まし、師との出会いと絆・・・そうした題材を組み合わせることで、型通りに「感動」を与えてくれる物語なら、テレビに溢れているだろう。だが、佐藤真は、牛腸茂雄をめぐる物語ではなく、牛腸茂雄の「まなざし」をスクリーンに映し出そうと考える。だが、「まなざし」を、それもすでに不在の写真家の「まなざし」を映画にうつしとるとは、どういうことなのか。

3.
 例えば、生まれたばかりの赤ん坊の眼に映るのは、ただ曖昧に光が揺れ動いている混濁した世界である。感覚を意味のある知覚に組み立てることを訓練づけられていない視線にとって、物と物との境界は不安定で、主体と客体、自己と他者のあいだに明確な区別は存在しない。網膜に入ってきた光は視神経を通じて脳に伝えられるが、それを秩序立った物の世界として認知するのは、後天的な(すなわち社会的、文化的な)経験の積み重ねによっている。やがて、自己と他者とを明晰な遠近法の下に位置づけ、必要な情報だけを選別して見ることを学びとった人間は、世界を直接に受け止める「純粋」なまなざしを失い、言葉や意味を手掛かりに、つまり物語として世界を「見る」ようになっていく。
 したがってある意味では、主体と客体の乖離は、主体の内部における視覚の触覚からの分裂である。物に触れることは、自己が物に触れられることでもある。そして、それは視覚についても変わらない、とメルロ=ポンティなら言うだろう。まなざしは世界の「肉」のなかから生まれてくる、と。確かに、人間にとって「見る」ことはつねに身体的行為であり、身体を超越した透明なまなざしはありえない。言い換えれば、われわれが身体を持つかぎり、あるいは器官を持つかぎり、「見る」ことは決して「純粋」ではありえず、社会的、文化的な枠組みから自由ではない。
 しかし一方で、そこからまったく自由なまなざしが存在する。言語の構造にも生活の有用性にもとらわれず、物に名前を与えることもない視線。言うまでもなく、それこそがカメラのまなざしである。

4.
 19世紀の肖像写真家ナダールによれば、初めて肖像写真を撮られた人々は、多くの場合それを自分の顔と認識することができず、他人の写真を間違えて自分の顔だと思い込んで満足していたり、自分の写真を自分ではないと言い張って怒り出す者もいたという。写真が映し出した顔は、それまで鏡で見慣れていた自分の顔とはまったく違ったイメージとして受容されたのである。
 あるいはまた、最初期に映画を見た人々のなかには、それをふだん馴染んでいる現実とはまったく疎遠な奇妙な世界として受け止めた者もいた。そこには、色彩も音も欠いた灰色の世界だけが現れていたのである。
 映像をめぐるテクノロジーは、あたかも彼岸の光景のような灰色の冷え冷えとした世界を、人間に親しいものにしようとして進歩してきた。いまやカメラの視線が人間的なまなざしに限りなく近づいたように錯覚され、誰もが写真や映画を現実の似姿としてしか見なくなったのだとしても、それが身体なきまなざしによって見られた世界、いわば現象学的な身体とまなざしの一元性を離脱した、他者なる世界へと人間を連れ出したことは否定しようがない。

5.
 言うまでもなく、自己を自己として認識するのは、他者の存在を経由することによってである。つまり、他者を自己イメージのなかに取り込み、鏡に映った自己のように他者を見つめること。しかし実は、鏡に映ったイメージは、左右が逆になっている。より正確には、前後が逆になっている。前後の逆に気づかないまま、それを自己だと思い込むこと。それが鏡による自己認識、あるいは内省による「自意識」にほかならない。人間は原因と結果を(すなわち前後関係を)取り違えてきた、とニーチェは言った。写真は自己と他者の鏡像関係を破砕し、あるいは転倒する。ニーチェはそれまでの「鏡」の哲学に対して、「写真」を、そして「映画」を持ち込んだのである。
「映画は価値の全的な逆転、視点と遠近法と論理の完全な転覆を引き起こす」(アントナン・アルトー)

6.
 自分にとって親しいはずの光景が、まったく疎遠なものに見えてしまうという体験。オリバー・サックスの『妻を帽子とまちがえた男』は、「視覚的失認症」と呼ばれる患者の存在を教えてくれる。その患者は目の前にさまざまな物を知覚しているにもかかわらず、それを抽象的な世界としか捉えることができない。近親者の写真を見せられても、「なにか抽象的な判じ物のテストをやらされるときのような態度」でそれを眺めてしまうのである。
 牛腸茂雄には、写真作品以外に、インクブロットの技法で制作された『扉をあけると』という画集がある。ロールシャッハ・テストに使用されるような左右対称のデカルコマニーの作品で、マーブリングによる連作《水の記憶》とともに、それはまさしく「抽象的な判じ物のテスト」のような図柄にほかならない。牛腸にとって写真とは、自分にとって見慣れた世界を、このような抽象的な図柄に見せてしまい、親しい人物を「他者」として、あるいは「死者」として、現前させてしまうものではなかったのか。牛腸の写真プリントを縁取る黒いフレームは、一体何の符牒なのか。

7.
 写真集『Self and Others 』に、牛腸はエピグラムとしてアーヴィング・ゴフマンの次のような言葉を引用している。「ある人間にとって世界を生き生きとしたものにするために、あるいは、人がそこに身を寄せている現実を一瞥で、一つの身振りで、一つの言葉で味気ないものにしてしまうために、もう一人の人間ほど効果的な作因は存在しないように思われる」(R・D・レイン『経験の政治学』笠原嘉訳)

8.
 われわれは自己の身体についてどれほど知っているだろうか。それは身体についてのイメージ、自己に対する意識にすぎないのではないか。「自己の身体」というとき、そこではすでに自己と身体とが分離されている。自己は身体であり、同時に、自己は身体ではない、という両義性。しかしまた、身体が決定的に自己から離れて存在してしまうことを、身体が他者にほかならないことを、写真は示したのではなかったか。
 写真家の身体とは何か。カメラのように超越的な視線を持つのでもなく、世界と一体化した触覚的なエロスとも無縁の身体。すなわち、受苦的な「不能」の身体、「障害」の身体というものを考えてみること。

9.
 牛腸の写真には、少年や少女の姿が頻繁に現れる。未だ自らの欲望の能動的自由を獲得するには至らず、すべてを受動的に耐えているような子供の身体。他者の視線に晒されてあることの、よるべなさ。目の前に起こる出来事を身体全体で受け止め、よるべなく健気に見つめ返す自由な、しかしそれゆえにこそ残酷なまなざし。
「モシモシキコエマスカ? モシモシキコエマスカ?」──佐藤の映画に、牛腸自身の肉声が唐突に挿入されるとき、牛腸茂雄の「まなざし」は、死すべき身体とそこからの離脱の間で錯綜し、この世界から僅かにずれた場所に現れる。
 「ところで、まなざしというものは、それが執拗にそそがれるとき(ましてやそれが、写真によって『時間』を超え、持続するとき)必ずや潜在的に狂気を意味する」(ロラン・バルト『明るい部屋』)


(図録 "ICANOF Media Art Show 2001" より転載)



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