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【 ICANOF アーカイヴ 】
- ICANOF Archive Materials -



吉増剛造インタヴュウ
「ポラロイド(写真)とマルジノイド(刻字)」
Polaroid photographs and Marginoid inscription

吉増剛造 YOSHIMASU, Gozo (Poet)
聞き手 豊島重之(ICANOFキュレーター)


(3)感光板は、撮られた二つの場所とは異なる、別の次元を疾走している
豊島  突然、技術的な話になりますが、二重撮りの場合、やはり、露出は二分の一にして撮られるんですか?
吉増  やっ、あれは実に簡単で。フィルムは何度、装填し直しても支持体として丈夫なものだと分かったものですから。普通に撮って同じフィルムをもう一度入れて、それで撮ってるだけです。
豊島  じゃ、露出とか加減しないで?
吉増  その時の適性のまんま。
豊島  思いがけなく二重撮りの写真が出来てしまった、一等最初の、「女坑夫さん」のエピソードが「デジャヴュ・ビス」のインタヴュウにありましたが、その後どうでしょうか。だんだんに、例えばちょっと暗めのものと、明るめのものを重ね合わせてみようとか。
吉増  僕もカメラ小僧なので、メカは好きですから、普通はそういう風にして技術的な発想が出てくるはずですし、少しはやるんですよ、補正したり。だけどね、やっぱりつまんなくなって、すぐその技術化はやめる。僕のやり方というのは技術化を、ノウハウ化を徹底的に拒絶する方向ですね。だから、カメラに与えられている機能の、最もスタンダードなものを使って、それでその盲点のところで二重撮影してるんです。銅板だってタガネ一本ですからね。それをどうするとか、これを擦ってみればどうなるとか、そんなところへ絶対いかなくて。そこでそっちにいく技術じゃなくて、違うボーダーを探すっていうのかなぁ。そこは狂気かもしれないし、ジャンプして違うところで違う発光、違う感光板に感光させるような。
 それで分かりましたけどね、違う感光板に感光させるようにして、二重撮影してますね。ただ、僕の頭の中でおそらく、なんかが、これを撮した時に、頭の中でなんかが走ってるんですよ。正確にそれを捉えれば、もっと面白いものができるんでしょうけど。そこに限りなく近づいてるんだと思うし。フィルム上で二重撮影されてるように見えながら、一旦こっちへ飛躍して、そして二重撮影されてますね。だから技術的なことは、ほとんど関係ないな。単純に、カメラの後ろへ回ってみた時に、こっちに回るヤツと反対から回るヤツがあって、舞台の幕を引くのと同じように上手(かみて)と下手(しもて)があるのだけが分かって。それ、ひっくり返せば天地逆になりますからね。それぐらいが技術的にはっきりしたことで、あとはなんにも。皆無ですね。
豊島  その同じインタヴュウの中で、「自分では現像なんかしないんだよ。現像でどうこう、ということ自体を信用してないんだよ」と、おっしゃっていましたが。
吉増  写真家が聞いたら、怒られるところでしょうけどね。
豊島  あそこがもう、大変挑発的な、一番肝心なところで。どうしてかと言うと、今、こうやって二重露光の写真を見てるんだけど、つまりこれが感光板だと思って見てるんだけど、実は、こことは違う、別の空間を疾走する別の感光板があって、そっちのほうを実は見せられているんだ、ということですよね。
吉増  そうですね。そう、アリゾナでスクールバス・デポに行って、かなり危険な所ですね。金網張ってある所に行って撮してると、やっぱり人にとっ捕まる。異様な感じですからね。撮しているうちに、金網の上に、キラキラ光る刃物がちゃんとあるっていうのに気がつく。それはね、撮さないと気がつかない。基地の子ですから、どうしても金網の傍へ引き寄せられていく、常に境界線に近づいていく意識があるし、スクールバスも黄色いバスでサマになるし、一応散文的に、そういうことまで気がついてる。そのネガをもって、今度は奄美大島行って、徳之島まで行く。東シナ海の夕日を、シナの方を向いて、それを逆さまにして撮すと、こういう映像になるって、散文的に分かるんですよ。分かるのを撮って、二重撮しにする。これは、説明ができる状態なんですよ。
 ところが、現実にはそういうことしてますけれども、実は、感光板は別の所にあって、その感光板が、ポラロイドになって出て来ているのかもしれない。ワンブロックになって、別な所にあってそれを刺激しつづけている。
豊島  ポラロイドにも二重撮りが、全く別な表記法で展開されている、ということですよね。
吉増  そう、その感光体が、ある時には書くものの中にも出てきますし、あるいは、銅板打ってる作業の中にも出てきますし。その現場を今のところ、増殖させる方へと向かってます。二重撮影っていうのは実に単純に、散文的にこうやってご説明ができるわけですよ。で、それはそれで、面白いはずです。だけど、これは、実に幼稚園みたいなことであって、ここから入っていく道の、まず一、二歩入ったぐらいのところですね、そこへ入ってきて・・。
豊島  険しい脇道ですね、杣道(そまみち)というか。
吉増  そこへ入ってきて、同時にプルーストなんか読んでるわけですよ。豊島さんのも読んでるし、ソクーロフも読んでるし。その読み取りの作業が、納得のいく、二重撮影という合わせ方からきて、その扉を開いて、そして入っていきつつありますね。その先は、少しは説明もできますが、説明できないところのほうが大切、・・・。どこかで、誰か違う感光板と出会った時に、パッと出てくるような、貯蔵庫をつくるっていうか、いろんな所に暗室を作っていく作業。そうすると、豊島さんの演劇に近くなるな、・・・。いろんな所へ暗室を作っていくような作業になっていって、それが大事だっていうことにだいぶ気がついてきてますね。それは、潜在意識でもなんでもなくて、必ず、それが出てくる時があるの。

(4)済州(チェジュ)島の海女(あま)さんは、別世界をヒタヒタヒタと歩いていった
豊島  いわゆる二重露光とか多重露光の写真は、ある固定した光景に、変化する時間の要素を盛りこんだものにすぎないと思うんです。吉増さんの二重露光は、それとは全然違って、見た目以上に過激なものではないかと改めて痛感させられます。まず、二つの場所と二つの時間を単に二重化したもののように見えて、その、単にが、きわめて無雑作に、ある種、暴力的に執り行われている、それが一つ。次に、ある地点からもうひとつの地点への移動、例えばアリゾナから宮古島への移動が写真には写らない、写っていないということ。つまり、それが写真からスッポリ抜けている、ザックリ消えている。しかし、それによって写真は速度というか強度を捕獲しているわけですよ。実際には長々とした足どりがあったはずで、えんえんと身体は運ばれたはずなんですが、あたかもA地点を撮るやいなや身体はドッと眠りにおちて、B地点でガバッと跳び起きたみたいな。さっき、ジャンプして、とおっしゃったので、ああ、そこが二重撮りだと思ったんですね。
 そして第三に、二つの時間のあいだにタイムラグが当然あるわけですが、写真上は、そのタイムラグを打ち消すように二重化されているのではなく、二つの時間の断面がギザギザにささくれだったまま、せめぎ合っているんだということ。ラグタイムのラグが、このギザギザという意味ですが、ついに整合することのない二つの断面が、そこに口をあけていて、それゆえに、そこから最も遠い所にある別の感光体が絶えず喚起される、そういう写真なんだと思います。この「タイムラグをラグタイムへ」というモチーフが、まさに今度のICANOF企画展の導火線だったんですね。

吉増  本当に、・・・。そうだ、・・・。“ragtime/ラグタイム”が消えて、Jazzが消滅したんだな。心のどっかで、一心にその“rag(ぼろきれ)”をさがしてる。これはもう間違いない。サッチモにも聞かせようってね、・・・・。こうやってお話して、豊島さんの言われることを聞いて、そして気がついた、・・・。こうして文字になっていくっていう時代が来たんですね。
 実は先週、韓国の詩人の方とここ(市ヶ谷アルカディア)でお話をする機会がありましてね。高銀(コ・ウン)さんという、僕らより一世代上の詩人で、牢獄にも入ってるし、例のキム・ジョンイルとの歴史的な対話の時にもキム・デジュンに同行して、その席で詩を書いて、大統領に朗読を聴いてもらったりしたような詩人なの。若い頃は済州(チェジュ)島にいて、何度か自殺未遂を起こしたこともあったらしい。大変な酒豪で、非常に柔らかい語り口をもった、日本にはいないタイプの大型詩人です。
 それで、こっちも恐るおそる済州島の話を切り出したんです。済州島の浜辺で一人、銅板を打っていて、韓国語ができないから、こわいから、うつむいたまんまにしていたら、頭のところを海女さんがヒタヒタヒタッと通っていった。それを詩に書いてますけどね。その話を高銀さんにしたんです。「今、先生から済州島の話を聞きながら、その時、海女さんの足音を聞いたことを思い出して、その状態を説明することが、今やっと、できます。」ってね。その時、詩によって、頭に感光させたあるシーンが、初めて光を浴びて出てきたの。対話が成功したんですよ。
 ああそうか、こういう風にして、光を感光させておく、そして投げておく、放っておく、そういうことが出来はじめてきたな。もしその時、知識でもって振り向いて海女さんに話しかけたりなんかしていたら、これはありえなかった。ところが僕は、じっと下を向いたまま、コンコンコンとやっているだけだったし、それとは別世界のようにして、ちょっと乱暴な足取りで、海女さんがヒタヒタヒタと歩いていく。その足音の中で、僕は、幼年の時に魚屋さんの店先を通った夢を思い出していて、そういう詩を書いた。
 「その詩と、その詩の中で生きた盲目状態の感覚が、先生の話を聞いたことによって、こうして鮮明に浮かんできたんです」っていうような対話ができた。創作過程でしかないものが、別の感光紙に投光されて、それがいつか、パッと出てくるような、どうやらそういうことが、どんどん出来てきているんです。
 今、考えてみると、そういう感光体は、誰にもいくらでもあるんですよ。地球の反対側のブラジルにいて、一生懸命ノイローゼになりながら、何やら書いていた時に、裏側っていうか逆側っていうか、その感覚が常にあるでしょ。だから、「花火の家の入口で」という詩に「U」の字とそれをひっくり返した「∩」の字が出てきた。磁石みたいな、蹄鉄みたいな形をしたエクリチュール。ブラジルはポルトガル語ですから、「ユウ」という発音がなくて、「ウッ」って読むんです。その発音を僕はまだ出来なくて、その小さな発音の「ウッ」をひっくり返して言ってみたり、斜めに傾けてみたり、上下に、前後に裏返したり。そういうところから、地球の表と裏を二重撮しにする感覚が既に生じていました。南半球と北半球を蹄鉄の色に打ちこめてしまう、そういうことも既に芽生えていました。
 だから感光体というものは技術化できないし、どこからその発想が来ているか分からないし、なるべくそれを意識化しないでした方がいい。だけども、僕の場合は、下手な詩だけど、詩を書くから、やっぱりその芽生えは、詩を書く苦しみの中から来てますね。ま、舞台ほどじゃないけども、本当に芽生えみたいなものは、詩を書く苦しみの、その紙の上から来ている。だから、もう一回、紙にぶつかると、豊島さんの言われたように、そのエクリチュールは境界線のところへ行きますよ、きっと。
豊島 とてもスリリングなお話が聞けたと思います。有難うございました。
(2001年4月23日、市ヶ谷アルカディアにて)
(2 out of 2)


(図録 "ICANOF Media Art Show 2001" より転載)



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