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モレキュラーシアター演劇公演 『マウスト mouthed』

Molecular Theatre performance "mouthed"


モレキュラーシアター演劇『マウストmouthed』公演評

前嵩西一馬 《逆立つ方寸に、耳を凝らし目を澄ます》


Molecular "mouthed," photo by ICANOF


 八戸市のモレキュラーシアターによる演劇『マウストmouthed』公演(芸術文化振興基金助成/豊島重之演出/大久保一恵・田島千征ほか出演)が、去る十一月二十一日から三日間にわたり、東京御茶ノ水のフリースペースCANVASにて行われた。

 万人に対して忠実な色があるとすれば、それは黒だろう。漆黒の壁に囲まれた空間を見渡す。天井から吊り下げられた十四本のマイクが客席に向けられ、三台のカメラが舞台を囲む。異様な光景の片隅から聞こえる北の訛りは次第に遠のき、幕開け前の緊張感が漂う。

 ジョン・ケージが眺めた「最初の」四分三十三秒はもう始まっている。床に敷かれた八枚の発光シートが放つ朧げな光は、演者の耳と目、そして頬骨と胸骨を結ぶ喉と口を照らし出し、本劇の主役が言葉でもなく身体でもなく、口という器官の身振り(mouthed)であることを承認する。喋っている間、人は口を開けない(no mouthed)。喋っているから。

 矢野静明執筆の瀧口修造論を読み上げる幽かな声――人称を奪われた声の断片の連なり――に耳を澄ます。十四本のマイクから洩れる声! お前たちは声を吸う口ではなく、声を出す口であったか。そして口をきく耳であったか。

 聴覚映像は逆流し、天地が逆転する。マイクは地に生え、八つの天窓から差し込む僅かな光に蠢く肢体は、天を踏みしめる。ここにいる全ては、それぞれの口から天井に向かって吐き出された糸――言葉という頼りない秩序――にぶら下がる。逆様の我々=蚕たちは、見えない「始まり」に虚勢を張って目を凝らす。獲物はどこかえ。意味はどこかえ。

 発光シートの灯が消える方寸の闇、微かに感知しうる光源は蚕たちの腕時計。時を刻む光る文字盤は、前回公演地、月島の白壁からやってきた「間違った蛍=イリュシオール」。そして方寸の片隅に幽然と浮かび上がる、機器の微光に包まれた目撃者=カメラマンの、首。歴史の証人に常になり損ねるレンズは、なるほどこうして文字盤=歴史と肩を組み、首の皮一枚を繋ぐ。

 微音の反復に託されたテクストの「内容」は、耳から口へ抜ける途中、身体を彷徨い乱反射する。ゆえにそれを復唱する演者は言い淀み、言い間違う。あ、器官の特権は間違うということか。飲み込む固唾が気管に入る。



Molecular "mouthed," photo by ICANOF


 瀧口は、戦中戦後を通して「郷土」に「国土」を見出した。甘い水に誘われたのか。常に高い精度で喋り続けた、彼の口をこじ開ける。昭和の文化英雄の「沈黙」あるいは「間違いのなさ」を現在から遡る、のっぴきならぬ「始まり」。観者の尻が、ぼうと光りだす。こっちの水は辛(かあら)いぞ。最強の暗号は、本人すら知らぬそれ。さて、今宵は誰の口が割れるか。

 発光シートが確保する光の静脈、硬直症的にのたうつ四肢はライトを覆う脂皮(しひ)を撓(たわ)ませ、軋音(あつおん)をむしり取っては暗闇に放つ。演者の口から垂れ落つ涎をも含む光の皮膜――啓蒙という名の羊皮紙――に刻まれる、この身体の強度こそが、生者の「形式」と言わんばかりに。

 万力(まんりき)の足裏――「身体のエチカ」――は時代の皺や傷をなぞりつつ、無垢の光源――「歴史のモラル」――を決然となぶる。

 舞台の闇は演者の口に吸い込まれ、モダニズム芸術の影が出現する。
 歴史の外部という、つるつるの光源=モラルは、時代を生きる身体=エチカに接触可能なのか。決して間違えなかったシュルレアリスト瀧口は時代と密通していたのか。そう問うわたしは、では歴史と婚儀を結んでいるのか。

 薄明と闇の対話に目を澄まし、沈黙と声の重ね書きに耳を凝らす。偶像の破壊と舞台の構成力が交差するその時、胸骨の真ん中にぶら下がる首は次々とちぎれ、宙に転がる。それらは無方向を睨み、一斉に口を開く。「いや、これは過去のものではない」
 
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前嵩西一馬(まえたけにし・かずま。早稲田大学琉球・沖縄研究所客員講師。文化人類学専攻。沖縄生れ・神奈川県在住)

(2009年12月17日付けデーリー東北紙より転載)

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