十海塚の由来 |
| 十海塚は、昔「一五二七年」今から約四六〇年前に常海和尚と言う人が、お寺を建てました。そのお寺の名前は常海寺、または重海寺という名前でした。その常海和尚のお墓で、常海と言う名前が、重海や、十海などと、まちがって伝えれて、十海塚という名前になりました。 |
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この場所は、奥州街道の横の東屋です
五戸町立南小学校あずまや
| 南小学校のとなりには、あずまやという休憩場所があります。 あずまやは、奥州街道という、学校の裏にある昔の人たちが通っていた道に面しています。今の道に比べると、広さは大したことありませんが、ものすごく歴史を感じるのです。きっと昔の人たちが旅の途中に、このあずまやで休憩したのでしょう。 このあずまやには、私たち小学生が行くことはほとんどありませんが、何となく南小学校にはなくてはならない建物です。 秋には枯れ葉が積もります。それを私たちが掃除するのです。 あずまやは、おばけやしきに、きっと、快適です。アハハ(笑)。な〜んてね。(ウソ!?) さっきもいったように、私達はもう何年とあずまやには行っていませんが、たまにはあずまやに足をはこんで、あずまやの歴史や、あずまやで起こった出来事を知って、その分かった事を、何かに生かせたらなあ、と思います。これからも、あずまやの歴史などを大切にしていきたいと思います。 |