HOME
EXHIBITION
GEIDAI
EVENT
ARCHIVE
PUBLICATION BBS
LINK














                                                                     


HOME/新着情報
メディアアートショウ
八戸芸術大学
イヴェント情報
ICANOFアーカイヴ
ICANOFの刊行物
BBS
リンク

ICANOFの図録・写真集
・ICANOF Media Art Show 2004
・ICANOF Media Art Show 2002-03
・ICANOF Media Art Show 2001

icanof banner ■ICANOF代表
  米内安芸
■プロデューサー
  三浦文恵
■キュレーター
  豊島重之

www.hi-net.ne.jp/icanof/
mail:icanof@hi-net.ne.jp

■ICANOF事務局
青森県八戸市古常泉下14-18
〒031-0022
Tel 090-2998-0224(高沢)
Fax 0178-45-9247
mail:icanof@hi-net.ne.jp
【 ICANOF アーカイヴ 】
- ICANOF Archive Materials -



世界中の子供達は「カラの皿」を目指して今しも旅の途上にある
( 02年度ICANOF企画展「食間の光景/食間の廃景展」コロック:
03年2月16日/八戸市美術館)

出席/ミロスワフ・バウカ(美術家) パク・ファヨン(美術家)
加須屋明子(国立国際美術館学芸員) 豊島重之(ICANOFキュレーター)
通訳/三浦文恵(ICANOFプロデューサー) 花田喜隆(ICANOFアートディレクター)



(1)歴史と記憶を巻き戻す「M・バウカの三つの円卓」
豊島

ミロスワフ・バウカ作品「Hunger Plate / Bambi / Pond」
(八戸市美術館・ 2003年)© YONAI Aki

 本日のトークセッションのゲストを御紹介します。こちらが、美術館1階の「ヴィデオ映像とローテーティング・プラットフォーム」によるインスタレーション作品を創られたミロスワフ・バウカさんです。ワルシャワからいらっしゃいました。
 それから、昨日のオープニング・パーティで、フィンガー・ビスケットでジャムを食べると言いますか、指を食べると言いますか、この壁面に展示されている写真そのままを再現するパフォーマンスがありました。その「ストロベリー・ジャム・パフォーマンス」と、美術館3階の2チャンネルの映像インスタレーション作品を創られたパク・ファヨンさんです。ソウルからいらっしゃいました。
 お隣りは大阪からいらした国立国際美術館学芸員の加須屋明子さんです。大変優れた大規模な美術展を数多く手掛けていらっしゃいます。
通訳がその都度、途中に入って 間 ができますが、間があった方が、皆さんも考えがまとまったり、質問も浮かんだりするでしょう。まずは、加須屋さんから、食間展の印象を伺いたいのですが?
加須屋  この度お招き頂きまして、バウカさんの展示の補助で、一緒に作品を搬入する処から1階で手伝わせて頂きました。その間、2階と3階でずっと皆さん展示なさっていまして、福山知佐子さんや半田晴子さん、そしてICANOFの皆さん、まず出来上がったものの完成度が高い事に感動しました。
 勿論、バウカさんのフロアも、日本に来る前にプランは出来ていたんですけど、展示ケースのガラスがあったりして難しい空間なので、最終的には現地で決めましょうという事でした。バウカさんが実際に会場を御覧になった後で、プラン上の微妙な揺れ幅も含めて最終的にフィックスしたわけです。
 実は「食間」展というのは、2000年の夏に国立国際美術館でも開催してまして、「食間に=between meals」という言葉もその際にバウカさんから御提案頂きました。その時に彼が思っていた構想が、この八戸で実現した新作ではもっと発展していまして、深みが増して、テーマが絞られた気がします。 歴史性などの点でさらに先鋭化された部分が出てきて、本当にICANOFの企画のお蔭だと思っております。
 パクさんにつきましては、2002年の夏に国立国際美術館で「日韓展―いま、話そう― a second talk」という、コミュニケーションをテーマにした日本と韓国の女性アーティストの展覧会をやった時に、彼女は韓国のキュレーターのセレクションで来て頂いて、その時に非常に魅力的な方だと思いました。で、今回フタを開けてみたら、「食間」というテーマと非常に近い御関心を持って展示をされているんだなぁという事がよく分かりました。今、3階で展示しておられるのも、今回のために新しいチャンネルを追加して、ツー・チャンネルにヴァージョン・アップしておりまして、非常によかったなと思っています。

(2)友人の絵の中に入っていく「事物の私的な美」という秘蹟
豊島  あのゆっくりと回転する「rotating platform」のように少し時間を引き戻しまして、間を取りながら進めます。バウカさんとパクさんには八戸の冬の海と、それから今日の午前中には寺山修司ミュージアムと小川原湖に御案内しました。まずは「海」と「沼」についてバウカさんの印象をお尋きしたい。
バウカ  沼ではびっくりしました。沼が見える前に、その向こうからギターの音が聴こえてきたからです〔※編者註――冬祭りの野外ステージが掛かっていた〕。でもギターが聴こえ沼が見える前に、まず初めに感じたのは、友人の、ポーランドの画家ですが、彼の絵の中に入っていくような感覚でした。ミュージアムの裏手にとても美しい松林があって、その松林に雪が積もっていて、まるで友人の作品そのものでした。彼の絵の中に入っていけるのが驚きでした。それから、凍りついた湖の広々とした感じも実に印象的でした。
海で驚いたのは、非常に美しく「汚れた」砂です。実に気に入りました。私は、事物の私的な美(private kind of beauty)というものを信じています。ですから、普通であれば定義からして美しくない筈のものであっても、私にとっては美しく感じられる事があるのです。そう、プライベートなタイプの美(private category of beauty)です。海の際に立ってみると、岸であるとか海の感じであるとか、打ち上げられた漂着物とか、実に素晴らしいものでした。
豊島 パクさんは、八戸の冬の海は如何でしたか?
パク

パク・ファヨン(左)の「Strawberry Jam Performance」
(天聖寺・2003年)

〔日本語で〕八戸に来たらとても寒くて、冷たい風にびっくりしました。風邪ひいちゃったんですね、寒すぎて。でもね、風の国に来てカゼを持って戻るっていうのが、とても素敵な事じゃないかと思っています。〔ここから英語で〕最初にICANOF企画展に招待された時に「八戸は日本の北にある」って聞いてたから、雪が沢山あると思っていたんです。新幹線で北上してきたら、雪がだんだん多くなってきて、でも八戸に着いた途端にゼロ! ちょっとがっかりしていたんです。でも三沢に行ったら、松林の雪が信じられないくらい素敵でした。
八戸の印象を言えば、八戸に来て展覧会に参加するだけだったら退屈だったと思います。でもICANOFの「普通じゃない」皆さんにお会いできて、本当に夢のような経験でした。だって5分毎にびっくりするような事が起こるんです。聞いた処では、ICANOFのメンバーはヴォランティアで、アナウンサーだったり翻訳家だったり医者だったり、あれやこれやで仕事をいくつも持っているし、みんな情熱的で、お会いした皆さんに本当に感動しました。有難うございました。
豊島 冬の海については、小舟渡海岸とか種差海岸とか如何でした?
パク 海猫の島、ですか。あそこは凄いですね。でも写真を撮ろうにも風が強すぎて。それから連れて行って貰った海岸も珍しい場所でした。普通、海岸にはあまり草地がないものですが、ここでは美しい緑の、今は緑じゃありませんが、草原がもう海のすぐ目の前まで広がっていて素晴らしい眺めでした。

(3)飢えの歴史/食間の思考としての「カラの皿」
豊島 さて、また少し時間を戻しまして。1階のバウカさんの「rotating platform」が3つあって、それがゆっくり回転しているわけです。その上に「empty plate=空っぽのお皿」が載っています。あのお皿には錘(おも)りか何かの役目があるのでしょうか?
バウカ 空っぽの皿は、ただの空っぽの皿です。敢えて言うなら「hungry plate=飢えの皿」です。初めは、そこに何か食べ物を載せるつもりでした。例えば米などを。作品の最後の要素として、調理したもの、と言ってもご飯のような簡単なものですね。しかしインスタレーションを終えてみると、皿には既に食べ物が、「痛ましい食べ物」のイメージがあるのに気が付きました。「食間」というタイトルに見られるように、実際、食べ物はある意味で関係がないのです。それで何か食べ物を使うというアイディアは捨てました。というのも、食べ物を使うという事自体が間違いであるかも知れないからです。
加須屋 抽象的な言い方になりますが、その「食事」が、私達がそこで思考する、何かを一生懸命に考える事だと。それでご飯を使うのをやめた。それは無い方がいいとお考えになったという事ですね。
バウカ 回転する皿は「飢えの歴史」を象徴しています。とりわけ、今お見せしているヴィデオ・プロジェクションの映像はその「歴史」と深い関わりがあって、まさに前世紀最大の悲劇の一つがあった場所(ビルケナウ収容所)が映っている。歴史と食べ物との関係がこれらの映像に象徴されているわけです。
豊島 今回の食間展の図録に、私がバウカさんについて触れながら書いた文章があります。その中に宮沢賢治の七五調の文語詩が引用されています。この「定型」については、食間展オープニングの1月15日にいらした八戸市出身の歌人・梅内美華子さんが「写真って定型なんじゃないか」と問題提起しました。写真は定型である。これはうっかりしていた事で、とても覚醒させられたわけです。
バウカさんの英文テクスト「Between meals/people died of cancer/・・・/Between meals/people died of hunger/・・・」(ICANOF Media Art Show 2002-03図録 p. 10)も、単なるエンドレス・レポートではなくて定型詩に見える。そこから宮沢賢治にトランジットして「食間のリトルネッロ =ritornello between meals」という副題が付いています。もう一度整理しますと、「写真とは定型である」と「バウカさんのテクストは定型詩に見える」。ここからバウカさんの空っぽのお皿に話を進めたいんですが。
(1 out of 3)  >> read more


(図録"ICANOF Media Art Show 2004"より転載)



Copyright © 2001-10  ICANOF  All rights reserved