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ICANOF-hosted/joint/associated Projects & Events

モレキュラー・シアター公演『Ballet Biomechanica(バレエ・ビオメハニカ)』

Molecular Theatre performance "Ballet Biomechanica"

『バレエ・ビオメハニカ』アフタートーク#2

2007年10月6日 会場:青森県立美術館ギャラリー[註1]


シンポジウム「バレエ・リュスが今日の芸術にもたらしたもの」

出席:鴻英良 OTORI Hidenaga (演劇批評家・ロシア芸術思想)
大久保一恵 OHKUBO Kazue(ダンスアーティスト)
豊島重之 TOSHIMA Shigeyuki(モレキュラーシアター芸術監督)


(1)東北的なるもの/亡命者たちの舞台芸術

豊島重之
TOSHIMA Shigeyuki
豊島 まず、なんで先程の上演タイトルが『バレエ・ビオメハニカ』なのか。いくつかの要素が考えられるでしょう。今の鴻さんのお話では19世紀後半、ディアギレフが生まれた1872年、メイエルホリドが生まれた1874年以降のヨーロッパ世界にあって、勿論サンクトペテルブルグも、その東の端の東北端ではあるけれどもヨーロッパなんですね、決してアジアではない。そのサンクトペテルブルグよりさらに東北部、ここは青森県立美術館ですが、東北の北端なわけですね。かつて中国東北部は満州と言われましたが、ヨーロッパの東北部っていう、これが非常に重要なキーワードです。それを「プロヴィンシャリズム」という、ネガティヴに言えば「田舎者根性」、しかしポジティヴには「反都会主義」とも言えるわけで、都市という〈場所性〉をめぐる脱空間化[註7]というニュアンスもないわけではない。とにかくヨーロッパの端っこから、セルジュ・ディアギレフの芸術運動体としてのアクティヴィティが始まっていくということ、それが19世紀末から20世紀初頭という時代を動かしていく、どういうエレメント=境位になっていったか、というのが一つあると思います。
 それと、鴻さんのレクチュアの中でもう一つ触れられていた、1905~06年の若きメイエルホリドの非常に重要な作品は、象徴主義的な舞台だったそうですが、しかし、それは革命的精神の中で展開していた〈変革のヴィジョン〉と深く関係していた。そして1914年にメイエルホリドは、もう一度その作品を演出する。それが「フォルマリズム=形式主義」的な、というか「コンストラクティヴィズム=構成主義」的な実験演劇であったと[註8]。そしてそれが、実はヨーロッパに吹き荒れることになる「フトゥリスモ=未来派」であるとか、マシニズム、ダダイズム、シュルレアリズムなど、それらとどう繋がっていくかっていうことですよね。
 第一次大戦やロシア革命があった1910年代20年代がまず大きなエレメントとしてあって、そこから第二次大戦前後に到るまで、ディアギレフのバレエ・リュス=ロシアバレエ団は、パリを基点にしてあちこちで海外公演をやるわけです。確か南米まで行きますよね。そのとき恋人を作って退団しちゃう、逃げ出しちゃう人がいますよね[註9]。世界中を巡回している、ということは、逆に言うと亡命生活同然でしょう。ロシア革命以後もそうですし、結局、海外公演によって世界的な名声を得ると同時に、実質的な拠点もなく戦火を逃れてスイスに仮住まいとか、亡命同然の生活を強いられる。

(2)〈可傷性〉の芸術が、現在にもたらすアクチュアリティ

豊島 私が最初にメイエルホリドとかディアギレフの名を知ることになるのは、これは鴻さんと少し違う脈絡だと思いますが、文化人類学の山口昌男経由なんですよ。つまり「20年代ブーム」っていうやつですけど。その中で山口昌男が言っているのは、スケープゴート=贖罪山羊。生贄のための身代わりとして燔犠(はんぎ)にかけられるヤギさんのことですが、そのスケープゴートが一方ではウサギさんみたいなトリックスターの役割も果たしていく。その時代その時代がスケープゴートを必要とする。スケープゴートになりうるキャラというものは、ある種トリックスター的な要素を持っていなければいけない。それがディアギレフだったり、場合によってはメイエルホリドであったりしたんだと思います。
 ディアギレフとさっき上演したフセヴォロド・メイエルホリドは、ある意味で、回避しようとすればできたであろう、そういう現場感覚の中で、山口昌男風に言えば「ヴァルネラビリティ=可傷性」ですね。つまり自ら自分に傷を受けやすい、鴻さんのレクチュアでは「何らかのかたちでいつも苛(いじ)められていたのではないか」とありましたけれども、いじめを招いてしまうようなことをつい仕出かしてしまう、そういう無防備な、ヴァルネラブルなところがメイエルホリドにもディアギレフにもあったのかも知れません。
 このシンポジウムでは、バレエ・リュスの意義ないしは地平を、現場性というエレメントに絞って、まずは鴻さんにお尋きしていきたい。それが1968~69年代にどうなっていくのかっていう、どこで何が断ち切れて、何が地続きとなっていったのかっていうことです。それが60~70年代のイリヤ・カバコフの証言、膨大な言語テクストに繋がっていくわけですから。
 と同時に、もう一つのエポックとして念頭に置いていただきたいのは、「ベルリンの壁崩壊の1989年」以後、とりわけ「グラウンドゼロの2001年」以後、連通するところと、切断されて不通になったところの両方を見ていかなくちゃならないと思うんです。つまりディアギレフのバレエ・リュスが今日の舞台芸術にもたらしたものとは何なのかという、やや大仰な身振りの、さっき身振りの問題をお話されていましたが、そういうテーマを設定しております。いくつかのエポックがあって、どのエポックもそれぞれ別のエレメントを担っている。それが我々の現在というものに対して、どういうアクチュアリティを持つのかということですけど。

(3)今ここに亡きものへの想像力/バラガンとペトルーシュカ

鴻英良
OTORI Hidenaga
 多分、今のお話で一番考えなくちゃいけないことは、2001年以降という言い方をしたときに、いわゆるグローバリズムですよね。世界のグローバル化の中でアーティストは何をすべきかとか、何をしているのかとか、そういうことですね。つまり〈グローバル化という名の閉塞状況〉というか、そうしたことをどう問題にするのかが重要なのだと思います。最近はさすがにそう言う人はいなくなったと思いますけど、日本にいれば世界中のことが分かるっていうね、それがグローバリゼーションだと考えている人がいっぱいいた。情報化社会というのは、日本にいれば世界中のことは全部分かるし、なにも外に行かなくてもいいと、逆に言うと外国に行っても同じであるというふうな神話がかなりあって、今でもあるとすると、それはやっぱりおかしいよと言わなくちゃいけない。
 ディアギレフの出発点において、ともかく何かがあるんだっていうこと。自分たちの知らないどんなことが起こってるんだろうかっていう、そのことをディアギレフは必死になって探していたということが、一つの芸術的な流れを結集していくわけです。だからさっき話したように、ロシアの外にはとりあえず二つある。パリとかそういう世界と、ポロヴェツたち、スキタイたちも存在する。そして、かつてあったけど今はなきペトルーシュカ、それを皆はどうして忘れてしまったのか。
 今、1905年の話をしてましたけど、メイエルホリドが1906年に上演して、決定的に重要な意味を持つ、さっきの作品のタイトルは『バラガンチュク』っていうんですね。これは「バラガンもどき」ってことなんです。本展カタログを読むと出てきますが、バラガンというのはペトルーシュカのようなものを含めた総称のことなんですね。カタログでは「バラガーニ」って表記されてますが、本当は「バラガーヌイ」です。要するに様々なバラガン、見世物小屋、小屋掛け芝居、その中にペトルーシュカも入っているわけですね。
 そういう今はなきバラガンチュク、それも含めた、今ここにないもの、かつてよそにあったもの全てを、我々は改めて踏査しなくてはいけない。そこに新たな想像力の世界が生まれるという、それを実践していたのがディアギレフだという意味でいうと、グローバル化に対抗する一つの芸術家の姿勢、モデルケースとしても、ディアギレフがいたと言えると思うんですね。

(4)同時知覚/群衆知覚の錯覚に抗するもの

豊島 2001年以降というエポックが果たして有効な切り方なのかは分かりませんが、ともかくグローバリゼーションとかネオリベラリズムという名の、均質化の猛威を浴びて、或いは世界中で今まさに起きている実態のリポートが瞬時に手に入るという、ある意味で我々は群衆知覚=同時知覚という錯覚に捕らわれているのかも知れないということですよね。世界で何が起きているのか瞬時に知覚できる、我々はそれを「9.11同時多発テロ」で経験させられた、錯覚の経験として。その場合はテロルが同時多発なんですけど、この場合は情報が同時多発したわけですね。そういう同時知覚の状況に置かれている、かのように思われているけれども、実は最も重要なウズベキスタンの演出家であるマルク・ヴァイルがつい最近、去年でしたっけ、お会いしたのは。
 いや、日本に来たのは今年の三月です。それで一ヶ月前に、タシケントで二人の男に襲われて、瓶で頭を殴打され、ナイフで腹を突き刺されて数時間後に死んでるんですけど、日本ではなぜか、このニュースが新聞にも載ってないんです。日本で上演したマルク・ヴァイルという演出家がひと月ぐらい前に殺害されている。そういうことが起こっているのに、ほとんどの人が知らないということがありますよね[註10]
豊島 非常に衝撃的な情報であり、情報以上のものがあるにもかかわらず、私は鴻さんから聞かされるまでは全く知らなかったわけです。つい最近、東京で彼の演劇を観て、お話を伺うこともできた、ロシア・アジアばかりか世界的にも重要なウズベキスタンの演出家マルク・ヴァイルが虐殺されている。今日の上演に出てきたメイエルホリドは国家反逆罪で処刑・銃殺されていますし、奥さんのジナイーダ・ライフは、これも秘密警察なのか内務省の手の者かは分かりませんが、彼が収監された直後に自宅で惨殺されています。
 このメイエルホリドの資料は、彼の弟子筋にあたる映画監督のエイゼンシテインが、間一髪、秘匿したことで、従って今、我々が読むことができる。もしかしたらメイエルホリドの講演原稿や演出ノートや台本や書簡などの資料は、秘匿が一歩遅れていたら存在しなかったことになる。そういうのを大文字の歴史と言っていいのかどうか分かりませんが、それと似たようなことをディアギレフが教えてくれるわけですね。
 即ち、ポロヴェツでしたか、そしてスキタイやペトルーシュカ、或いはメイエルホリドが1906年にやった『バラガンチュク』。一口に言うと、ロシアの周辺地域の、つまり外部性ですよね。山口昌男風に言えばマージナリア。そういう辺縁性とか周縁性、ないしは外部性というものに、非常にディアギレフとバレエ・リュスが鋭敏であったということ。パリの観客層やパリに集まってきて、吹き溜りを作っていたピカソたちが何を求めているかを、ディアギレフが咄嗟に見抜いたっていうことも大きいと思うんですけれども、やっぱりそれは19世紀末から20世紀初頭にかけて、という同時代性が圧倒的に大きいのではないでしょうか。
 そう、確か、ディアギレフもなぜパリにしたかっていうのは、「パリは世界の首都である」っていう言い方がよくあるんですけど、そうじゃないんですよね。そこに色々な人がいるからっていうことなんですよ。パリには様々な国の芸術家たちが集まってきていた。
豊島 つまり〈外部性の吹き溜り〉であるっていうこと、言い換えれば、ペトルーシュカの匂いがする場所であったってことですね。
 そうなんですね、今、豊島さんの話を聴いて思い出しましたけど、それは結構、重要なことですね。

(5)ディアギレフの現場性/外部性の吹き溜り

Ballet Biomechanica
molecular theatre "Ballet Biomechanica," 2007.10.06
豊島 この上演のタイトル『バレエ・ビオメハニカ』は、キュビスムを率いたピカソ、ブラック、ピカビアと共に重要な名前としてフェルナン・レジェ、彼が1924年に映画を作っていて、そのタイトル『バレエ・メカニック』に由来しています。そこで鴻さんにお尋きしたいのが、このメカニックという言葉ですね。その同時代に「マシニズム」という言葉もあって、このマシニズムとメカニズムの違いをどう考えればいいのか。これは両方ともオーガニズムに対して導入されたのかという。勿論、ディアギレフは有能なオーガナイザーであったわけですから。実際にコレオグラフィとかも初期はやったんでしょうか。例えば台本とかセノグラフィのコンセプトを出していくっていうようなことも。
 いや、ディアギレフは相談役はやってるけれども、実際に作ってはいないですね。でもピアノは弾けたんですよ。だからストラヴィンスキイなんかから楽譜が送られてくると、自分で弾いてみたり、例えばベヌアの前で、こんな曲なんだよって弾いて見せたりはしてますけど、代わりに作るとかはやってないと思いますね。
豊島 そうすると、ストラヴィンスキイであるとかチャイコフスキイ、ムソルグスキイ、リムスキイ=コルサコフなど、彼らにコンタクトをとる、これはボロディンに頼もうとか。
 ボロディンは既に作品を作っていましたが、ストラヴィンスキイなんかは彼に見出されるわけですよ。つまり、ほとんど無名の若者だけれど、こいつは才能がありそうだっていうことで委嘱するんです。それがちょっと問題になるわけですよ。こんな無名なやつを、なんで俺の代わりに使うんだっていうね、そういうことが帝室劇場を追放された理由みたいですよ。もっとも、この場合はストラヴィンスキイではなく、若きバクストやベヌアたちに舞台装置を頼んだことが問題になったみたいですけど。芸術運動の若き革命家たちは、不穏な雰囲気を漂わしていたんじゃないですかね。
豊島 鴻さんのレクチュアに出てきたプロヴィンシャリズム。田舎者根性もしくは反都会主義、一口に言えば〈外部性の吹き溜り〉。それはパリも同じで、パリのあちこちには色んな芸術家たちが群れていて、そういう外部性の吹き溜りに、ディアギレフが引き寄せられるように強力な磁場を作ってしまった。メイエルホリドの場合もそうですけど、戯曲を書く詩人のマヤコフスキイがいたり、舞台美術をやるロトチェンコがいたり、映画を撮るエイゼンシテインがいたとしても、結局、演出プランというかコンセプトを打ち出せて、彼らをまとめる統率力が要る。例えば作曲家のショスタコーヴィチという若手を、ぐいっと引っぱってくることができる腕力を持ったメイエルホリドのように、ディアギレフもやっぱり、自分では何もしないんだけども、ということですかね。
 うーん、ちょっと分かんないですけどね。ディアギレフと一緒にいると、才能が磨かれるんだと思うんですよ。それが二人だけだと駄目だと思うんですね。つまり色んな人がディアギレフの周りにいて、ディアギレフが一種の、いい意味でのサロンの中心にいてね。そこにいることによって、今度はこういうのを作ろうとか言うと、それが出来てしまうみたいな、そういうことがあったんだと思いますね。

(6)ビオメハニカとマレーヴィチ/カントールと収容所的な身体

豊島 話を戻すと、メカニックとマシーニックという言葉は、僕らが今これこれだって言うことはできますけど、当時のニュアンスというのは、どうだったんでしょうか。人間というのは切れば血も出てくる身体があって、無数のオーガン=器官を持っているという意味で人間の肉体はオーガニック=有機体であると。いわば人間の生というものがオーガニックである。それに対して機械的であるメカニックとマシーニックという言葉が出てきたときに、それを背反するものと考えていいのでしょうか。
 さっきレジェの『バレエ・メカニック』の話が出ましたけど、あの映画は基本的に歯車が回転したりロッドが動いたりとか、本当に機械を映しているわけですよね。それについてどう判断していいのか、ちょっと分からないけれども、ビオメハニカの場合は、「ビオ」が付いていて、これは「生体機構」ですよね。それは「メハニカ」ではなく「ビオメハニカ」であるってことが一つありますよね。
 人間という身体が持つ様々な機能というのもあって、それを自身で統括していくとき、いわば俳優が身体を最大限に生かすときに、どのようなメカニズムを持って動いているのかということに対して自覚的でなければいけない。だから、自分が身体を動かしているときにどのように動いているのか、どのように動く可能性を持っているのか。それを例えば誰かが実際にやってみれば、少なくともこの人ができるということは、それは私にもできる可能性があるはずだっていう、そういう前提でしょうか。どのような動きが、その身体という生物学的な空間の中に可能性としてあるのか、これを分析的に調べようと、調べつつそれを統合するような能力を獲得しようということです。機械のように人間が演出家に操られるのではなくて、俳優が自身で創造していくときに、自らの生体機能をきわめて分析的に把握しつつ、作品を作っていくというのが、ビオメハニカの理論なんですね。
 だから、いわゆる日本語でいう機械的、とはちょっと違う。むしろ構成主義の舞台と共に動くための方法の探求ですから。そうすると、構成主義的な舞台自体がある種、機構的なものですよね。階段だとか平台だとか、風車とか斜面とか、ある種の構成的な機構的空間の中に投げ込まれたときに、その物質性に対して飲み込まれるのではないような人間の存在の在り方を、メカニカルに考えていこうということですね。それがメイエルホリドの「ビオメハニカの理論」なんです。
 今日の舞台との関係で言うと、今日の舞台って、白い空間に白い光を二重にあててましたけど、これはマレーヴィチですよね。これは『白の上の白』というマレーヴィチの有名な「シュプレマティズム=至高主義」の絵画的な理念ですけど、結局、全てが剥奪されたときに何ができるのかっていう話ですよね。要するに〈収容所的な空間〉と言い換えてもいいわけです。だから光をあてられている人間がいて、その人間を皆が見ている。皆っていうのは観客も見てますけど、舞台上の人も見るという構図になっていたと僕は思うんですね。
 それは何を物語っているかと言うと、目撃する者がいる、その目撃者はいずれ証言するであろうという、その対象としての〈収容所の身体〉が、どのような可能性を再び見出せるのかという、それがマレーヴィチが『白の上の白』を描いた、実は理由でもあると考えている演出家がいてですね、これはタデウシュ・カントールです。
 タデウシュ・カントールというポーランドの演出家は、アウシュヴィッツのすぐ近くに住んでいたんですけれども、彼は「ガス室への行進」という舞台シーンを作ったりしていますが、結局、全てが剥奪されたときに、なおかつ、それを表象として創出するにはどうしたらいいのかっていうことを考えて、〈死の演劇〉という理念を打ち出したんですね。
 それで言うと、この空間というのはある種、構成的で、そういう何もできない空間であるような、強圧的な物質性としての構成主義の舞台があったときに、その中で「人間の身体=ビオス」は、どのような「メハニカ=機構性」を獲得することによって何かをすることが可能になるのか。これが、メイエルホリドが1920年代に問いかけた一つの演劇理念だったんですね。だからこそ革命の後の激動の混乱期に、彼はああした舞台を作っていた。多分そのことを、ちょっとよく聴き取れなかったけど、処刑される直前の演説の中で彼は弁明してるんですよね。メハニカに関連しては、僕はそういうふうに思いました。

(7)ホワイトキューブの空間によって剥奪されたもの

大久保一恵
OHKUBO Kazue
豊島 かなりもう、鴻さんがご説明なさったので、出演した大久保一恵としては言いにくいところもあろうかと思うんですけれども。しかも、この青森県立美術館の展示室Eというのは、全くこの『バレエ・ビオメハニカ』という作品にうってつけの空間で、どうでしょう一恵さん、やりにくかったでしょうか。
大久保 大久保です、こんにちは。うーん、やりにくかったっていうのは、ちょっとよく分かんないんですけど。
豊島 逆にやりやすかった、とか。
大久保 やりやすかったって言うか。今、その、全てが明らさまにされている構造という話がありましたけれども、この空間はぴったりすぎる、果たしてこの構造で今の上演が行われて、どうだったんだろう。却って、今やった後で、もっと違った方法があったんじゃないかって、逆に思いました。鴻さんから「ビオメハニカ」のお話を聴いて、事前に自分たちが考えていたこと、演出に聴いていたこと、それらがさらに具体的になっていくと、あまりにも揃いすぎていて、違う空間っていうのを、逆にそれを探すべきじゃないかって思いました。
豊島 多分、大久保一恵が言ったのは、ホワイトキューブということと、ジェントリフィケーションというか、更地化、純化してしまう、つまりペトルーシュカみたいな俗悪なものはどんどん排除されて綺麗になっていくということですよね。〈等価性、可視性、統覚性〉みたいな、カンディンスキイから始まるホワイトキューブの三原則があるわけですけれども。そういうホワイトキューブであれば、鴻さんが言われたような、全てを剥奪された空間とは言えなくなるわけですよね。
 普通、「剥奪」とは言わないってことですよね。で、逆に私はそれを〈剥奪〉と言い換えたらいいんじゃないかと言ったわけです。
豊島 ええ。ここはまさしく適わしい、或いは過剰に適わしい空間であるが故に、この『バレエ・ビオメハニカ』の上演にはやや出演者の身体性と言いますか、佇まいにあるビオスとメハニカ、つまり生と、生はそこにどうあるべきかっていうことですが、「そこにそうあることの覚醒」ですね。今、自分は「こういる」っていうことにその都度その都度、覚醒的である、鴻さんが言われたように、自覚的であるっていうことは、普通はとてもじゃないけど出来ないわけですよね、こういう空間では。
 だけどそれを強いられる、差し向けられる状態に出演者としてはあったわけです。そういう「ビオス=生」が、生の様態、佇まいが、メハニカって多分、ただメカニック=機械的っていうんじゃなくて、生をもう一度生き直すというか。光に晒されているんだけれども晒されながら、もう一度自分の生を晒し直すっていう、それは実はその瞬間瞬間においては不可能なんだけれど、その辺を大久保一恵さんに尋いてみたいと思うんです。

(8)動きの抹消と生起の予測不能/目撃と証言の不等号

Ballet Biomechanica
molecular theatre "Ballet Biomechanica," 2007.10.06
大久保 こういうホワイトキューブ空間に、実際に立ってみた者の経験というか実感なんですけど、〈動き〉というものは、自分自身をどんどん消し去っていく行為だと思うんです。剥奪される、というより自ら自身を剥ぎ取っていくというか。それと同時に、何かを掴み取ろうとする、掴み取るべきものを瞬時に選択する行為、その予測不可能な連続、それが〈動き〉なんじゃないかと捉えています。それが私にとっての「ビオメハニカ」なのかな、と。
豊島 実際に踊られている瞬間、次の動きとかを考えていったときにですね、全体として構成してしまうと、単に構成主義ですよね。だけどその都度、覚醒的であるというのは、どう言えばいいんでしょうね、やっぱり生き直すっていう言い方しかないんですけど、その瞬間瞬間、覚醒的に生き直すということが「ビオメハニカ」だと思うんですよ。全体としてうまく構成されていたっていうのは単にコンポジションであって、コレオグラフィであって、それは我々モレキュラーがやりたいこととは全く正反対のことです。
 というのは、私は何度も稽古場でも立ち会って見てますけど、一度として同じ様態がないんですよね。細かいディテールまでコレオグラフィしたりもしたけれども、いつのまにかそれは出演者自身によって壊されたり作り直されたりしていって、今日は今日で、実際どういう感じなのか。要するに、あるモチーフとデュレーションを与えられたとして、その中でコンポジションみたいにして行われているのかどうなのかっていうところですね。
大久保 はい。まずですね、先程のお話で、動きとか所作とかアクション、動作ですね。それが自覚的でなければいけないっていう、「ビオメハニカ」のことですよね。それと同時にこの上演では、自分がやらないときは他の人の所作を見ている。見ているっていうことは、先程のお話からいけば、その場を目撃する、それを目撃すれば、次にやるっていうのは変わる、というか毎回変わる、というのはそれだと思うんですよ。目撃すれば、例えば次に、順番にやるので、自分の番がくれば、それによって変わっていくというのはもう当然だと思うので、だから同じアクションは基本的にないんです。
豊島 今、一恵さんが言ったのはあれですよね、人の動きを見て、それが目撃だとすれば次に自分が踊るときにはやっぱり違うものになってしまうと。目撃が、次には証言になるってことですよね。これは英語だと「witness=ウィットネス」っていう同じ一語なんです。
 ロシア語も同じ言葉です。「スヴィヂェーチリ」って、目撃者と同時に証言者。
大久保 私が話したのは、証言を拒否する証言者も含めての動き、ということですよね。
豊島 そうなんですよ。目撃したから証言するっていうけれども、目撃したことと証言することはイコールではない、そこが実はアクチュアルで。違ったことを言ってしまうかも知れないわけだし。自殺と言われているマヤコフスキイのその現場を見ましたとか、或いはジナイーダ・ライフが惨殺されるところを見ましたとか証言するとは限らないんですよね。

(9)粛清の現在と不同意の芸術/危機的瞬間が生起する演劇

豊島 (会場に放送される閉館のアナウンス)えー、閉館の時間が。閉館をするということは、環を閉じるっていう(一同笑)、環を閉じるっていうことは最初に戻るって意味なんですけど。多分、最初のお話に戻っているんだと思うんですが、もうあと5分くらいで終わらなくちゃなりません。ただ、ディアギレフのバレエ・リュスがどこから出てきて、どういう外部性として、従ってそこがなぜパリだったのか、ということが今日の鴻さんのお話によって、会場の皆さんもとても説得されたんじゃないかと思います。
 先程、ウズベキスタンのタシケントで演出家のマルク・ヴァイルが、ひと月前に暗殺されたという話を聞かされたばかりですけれども、一方ではアンナ・ポリトコフスカヤやリトヴィネンコなど、今まさに色んな人たちが粛清されている。そして今日、上演されたメイエルホリドもスターリニズムの粛清に遭(あ)って、勿論ヨーロッパ・ロシアの人々だけではなくて、スターリニズムの粛清に遭った人々はアジアにも沢山います。
 例えばそれは19世紀末から連綿として、朝鮮半島の人々、とくに高麗人ですね、コリョサラムという人たちが沿海州からカザフスタン、ウズベキスタンに強制移住させられて、収容所暮らしをさせられ強制労働させられている。近年、チェチェンから放逐された難民もコリアン・マフィアとの共生を余儀なくされている[註11]。スターリニズムの粛清自体は勿論、悪そのものなわけですが、粛清に抗して不同意を示し得た人々がいて、それがディアギレフであったりメイエルホリドであったり。そういう人が必ずやコリョサラムの中にもいて、何かを残していってくれるとしたら、その痕跡を私たちは辿って行かなくちゃいけないだろうと。
 その意味で言うと、「虐殺と演劇」というテーマで、エッセイか何かを書く必要があると思いますね。最初に僕は、処刑される直前のメイエルホリドの演説について指摘させてもらったんですけど、これは、メイエルホリドの最後の言葉なわけです。メイエルホリドには、重要な舞台がもちろん沢山ある。しかし、そうしたものを一切たどらず、この最後の言葉から一気にメイエルホリドの核心に触れようとした今回の豊島さんのやり方には、目の覚めるような思いがしました。
 このやり方が新鮮なのは、この瞬間の中に、メイエルホリドの全仕事が、電撃的によみがえってくる。それは、ベンヤミンのいう〈危機的瞬間〉に立ち会うように、我々は、メイエルホリドの活動のすべてを検証しなければ、という欲望に駆られるからなのではないかということです。おそらく、その作業を僕はいま準備している『虐殺と演劇』という本の中でやることになると思います。なんだか、ものすごく刺激される上演だったということを最後に言っておきたいと思います。[註12]
豊島 シンポジウムでは、あまりカバコフのお話をお尋きできなかったんですけれども、カバコフ展はまだ葉山でやってますよね[註13]
 カバコフ展は、このあと、広島に行くのかな。葉山では11月11日までやっていて、広島の後に、また東京の世田谷美術館でやるんですよね。もしその辺に行くことができるようでしたら、是非ご覧になるといいと思いますけど。
豊島 この『舞台芸術の世界』展のほうは、1910~20年代を中心として、バレエ・リュスがロシア・アヴァンギャルドや、同時代の様々な芸術運動をインヴォルヴしながら、現代アートにまで繋がっていくような、非常に重要な展覧会です。でも、元々は外部性の吹き溜りであって、その原点にはプロヴィンシャリズムの精神たるディアギレフの原動力があって、従って亡命者の芸術という、もう一つの位相をも忘れることはできません。その点では、いまだにスターリニズム的な粛清というのは世界中にあって、そうした粛清に対する強靱な意志を示し得た芸術家たちがいるということを再確認しつつ、会場からお話を受ける時間がないまま終わってしまうことにします。有難うございました。[註14]



註7
当日の談話では、場所と空間を区別せず交錯させたまま飛ばしてしまった。地方都市で演劇を実践する者が「地方主義」を旗幟としてはならず、何らかの別名を強調したいという底意があったからである。大都市であれ地方の小都市であれ、絶えずその〈場所性〉は空間化され、失われていく。だからと言って、単に再〈場所〉化されるだけでいいのか、という思いを払拭できずにいる。〈脱空間化〉とは、不明瞭な苦し紛れの言葉ではあるが、反面、場所と空間が肯否ないまぜに交錯する、その臨界点であると捉えてほしい。(豊島)[back]
註8
浦雅春編のメイエルホリド年表によると、1906年にメーテルリンク『聖アントニウスの奇蹟』『修道女ベアトリス』やブローク『見世物小屋=バラガンチュク』を上演し、いち早く「フォルマリズム演劇」の志向を強めていた。1905年革命の挫折を引き受けた彼の〈変革のヴィジョン〉は、鴻氏の示唆に基づく(註6参照)。また、メイエルホリドは1914年に演出・上演したブローク『見知らぬ女』を、「構成主義演劇」の先駆的舞台だったと書き残している。その前年の1913年にマレーヴィチが美術を担当した、マチューシンの未来派オペラ『太陽の征服』に登場する「ザーウミ=ザウム語」なる言語実験について、鴻氏からお尋ねする心算だったが、残念なことに当日うっかり度忘れしてしまった。(豊島)[back]
註9
振付師のニジンスキイがハンガリー人のバレリーナ、ロモラ・デ・プルスキと挙式し、それを聞いたディアギレフが怒って二人を解雇した、その消息を指している。ちなみに青森県立美術館での本展で、1912年に上演されたニジンスキイ振付け『牧神の午後』の貴重な再現上映を観ることができた。明らかにそれは、1960~70年代に私が観た土方巽(ひじかたたつみ)の舞踏を彷彿とさせるものであった。(豊島)[back]
註10
事件からちょうど、ひと月後の2007年10月6日付け、つまりこの討議の当日、日経新聞がこの事件を取り上げている。詳しくは、国際交流基金ホームページ、および2007年10月刊『舞台芸術12』(京都造形芸大舞台芸術研究センター企画編集・角川学芸出版発行)所収の拙稿「追記 マルク・ヴァイルが殺された」ほかを参照。(鴻)[back]
註11
姜信子=カン・シンジャ文/アン・ビクトル写真『追放の高麗人(コリョサラム)』石風社、2002年刊、を参照。(豊島)[back]
註12
当日の討議では時間がなかったため、この発言は文字起こしの段階で追記されたものである。(鴻)[back]
註13
イリヤ・カバコフ『世界図鑑』−絵本と原画−展は、2007年9月15日~11月11日、神奈川県立近代美術館・葉山館にて開催。各地を巡回展。[back]
註14
これは、青森県立美術館主催『舞台芸術の世界~ディアギレフのロシアバレエと舞台デザイン~』展・特別プログラム《バレエ・リュスとロシア・アヴァンギャルドの夕べ》と題して開催された。掲載許可をいただいた主催者に改めて謝意を述べたい。また、当日の討議に出席した三氏による若干の加筆校正が施されたものであることを明記します。[back]
(採録:ICANOFアートディレクター 花田悟美)


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